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創業者の言葉

第四次産業革命

2016年11月14日

本日は第四次産業革命について話したいと思います。

第四次産業革命については諸説あり第三次の延長と言う説もありますが、一般に
AI-人工知能やIOTなどを指します。

社会人なら産業革命は知っているとは思いますが簡単におさらいをしましょう。
第一次産業革命は18世紀末イギリスで起きました。
産業革命では燃料-エネルギーが大きな役割を果たしています。
この時は石炭です。
石炭による蒸気機関が発明され石炭を使った動力機械がイギリスの産業を大きく
発展させました。
人が手作業で物を作ったり運んだりしていた時代から石炭という動力により大きく
時代が変わったのです。
18世紀末ですから今から200年程前の話です。
そう昔のことではありません。
日本でいえば明治から現在までは150年程に過ぎません。

第二次産業革命は19世紀末です。
この時のエネルギーは石油と電気です。
石油により自動車とプラスチックが出現しました。
自動車はガソリンで動きます。
またプラスチックの原料は石油です。
石油と電気により大量生産大量輸送の時代になり大量消費時代になって行きました。

続いて第三次産業革命。この時のエネルギーは原子力ですが、重要なのはこれが情報
通信革命であるということです。
情報通信産業の発展により情報処理がいつでもどこでも、そして誰もが出来るように
なり移動利用が可能になりました。
代表的なものがインターネットです。

これは現在に至るまでずっと続いており、最近現れたのがインターネットとコンピュー
タの発達によるビッグデータです。
膨大な過去の事例をコンピュータで保存し解析することが出来るようになったのです。

例をあげると将棋ソフト。
最近の将棋ソフトは一流のプロ棋士より強くなりました。
その原因はどこにあるでしょうか。
それは人間は必ず失敗をするということです。
素晴らしい創造的手も打ちますが失敗もするのです。
これは囲碁においても同様です。
一方のコンピュータは失敗しません。新しい手を打つこともしませんが。

碁についてはグーグルの作った囲碁ソフトが強いといわれています。
王将を中心に動く将棋と異なり囲碁は地取り合戦ですからソフト化は難しいと言われ
ていました。
しかし先日韓国の世界第四位の囲碁棋士がソフトと対局した際のことです。
彼はソフト相手に2連敗しました。
自棄になったのか第3局で滅茶苦茶な手を使ったところソフトが対応出来ず人間が勝ちま
した。
しかし4局目はその滅茶苦茶な手にソフトが対応し結果的には3対1でソフトが勝ったの
です。

人間は必ず失敗しますがコンピュータは失敗しないのです。
人工知能は大量の過去のデータ-囲碁や将棋で言えば過去の何千何万局という対局を
データ化出来ます。
人間も過去の対局は研究していますがコンピュータはそれを瞬時に解析していますから
とても人間にはついていけません。
これが人工知能や自動運転やIOTに活かされて来ているのです。
日本の安倍内閣が進める成長産業とはそうした分野です。

第四次産業革命と言われている業界。
端的なのはロボットです。
例えばソフトバンクのペッパーやiPhoneの音声アシスト機能のSiri。
人工知能をどう活用して行くかは各企業の今後の課題です。

大企業だけでなく中小企業も生き残る道はデータにあります。
少量生産でもデータを駆使すれば簡単にしかもすぐに作ることが出来ます。
そうすればコストが見合います。
つまりソフトの設備投資をする必要があるのです。
モノづくりも技術者の知恵だけに頼っていては商売にならない時代が来ます。

あらゆる産業、サービス業もそうですが様々なものがデータ化されています。
コンビニでもどの時間帯に何が売れるか、寒いと何が売れるか、といったように、
時間帯、気温、地域差など全て入力し分析しています。

ビッグデータ、IOT、そうしたものの活用を各企業は始めているのです。
自動車だって自動運転の時代です。
我々が身を置く技術者派遣業界でソフトウェア技術の需要が強いのはそうしたことが
関与しています。
こうした分野に進出しなければ先はありません。

私達のものの考え方も変えて行かねばなりません。
従来のやり方では絶対に負けてしまいます。
発想を変えなければなりません。
柔軟な発想で第四次産業革命を戦い抜くということを考える必要があります。

我社の今期は11月で終わります。
社員の皆様には来期に向け自身を振り返りこの時代を生き抜くことをよくよく考えて
頂きたいと思っています。

創業者
西川三郎

ジャパニアス株式会社の創業者、西川三郎が送る”創業者語録”
1948年愛媛県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業し、大手生命保険会社に入社。
その後、中堅エンジニアリング会社を経て、1999年にジャパニアス株式会社を創業。