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創業者の言葉

10年後

2016年10月05日

本日は10年後について話したいと思います。

人間は無事であれば10年後には30歳の方は40歳に、40歳の方は50歳に、50歳の方は
60歳になります。
我社の創業から10年を振り返ってみると、私は創業3年で『10年1000名ビジョン』
を打ち出し年商50億を目指すことを明言しました。
誰からも『無茶苦茶だ』と言われましたが結果として年商27億までは到達しました。
リーマンショックがありそのビジョンを達成することは出来ませんでしたが、
本年は売上38億、来年は44億、再来年には50億を達成する予定です。
50億という目標はこのまま行けば創業から19年で実現することになります。
倍の年月がかかっていると言われてしまえばそうですが10年後を想定していなければこうした結果にはなっていなかったでしょう。

万が一が無い限り誰にも確実に10年後は来ます。
その時にどうなっているか。
会社での地位や自身の家族-結婚や子供、マイホーム。
様々なことが想定されます。

私は出来るならば10年後を想定して生きた方が良いのではないかと常々言っています。私自身も17歳の時から10年後を想定して生きてきました。
しかし現実はことごとく裏切られています。
現実は意図した10年後には全くならないものなのです。
サラリーマン時代、特に50代では全く逆になったと言っても過言ではありません。
それは努力しなかったからそうなったかと言えば必ずしもそうではありません。
周囲の状況など色々な要因があってのことです。
まがりなりにも自分で会社をおこした後はようやく6割位が実現しました。
そして現在、社員の皆様の若い力のお陰もあってやっと50億が叶いそうだというレベルに来たかなというところです。

例えば自動車業界の10年後どうなっているでしょうか。
自動車の燃料は電気か水素が主流になっているでしょう。
もちろんガソリンもハイブリッド等で残るでしょうが。
運転は自動運転になるでしょう。
自動運転になるとこれは大変なことになります。
免許証は要るのか、責任は誰がとるのか、保険システムはどうなるか。
様々な法整備が必要です。

日本ではDeNAなどが既に自動運転のシステムを構築しつつあります。
アメリカではグーグル。
グーグルは車を作る気はありませんが人工知能や制御システムを作り世界の自動車会社を下請けにしようとしています。
こうなると必ず自動運転は実現します。
そうすると多くの車関係の労働力-運送業など多くの人件費がかかっていることについて省力化出来るようになります。

過去を振り返ってみると私が若かった時代は週休2日など考えられませんでした。
土曜は出勤。日曜出勤もありました。
今で言うブラック企業状態です。労働時間はとんでもないものでした。
そういう世代がバブルを、日本の高度成長を支えたのです。

しかし例えば私が大学生の頃はコピーはなくてカーボンで書いたものを写していました。カーボンは時間がかかりますがコピーなら1秒です。
FAXもありませんでしたし携帯電話もメールもありませんでした。
伝達手段も紙です。

そうした時代と比較すると現在は事務に費やす労力は相当軽減化されています。
かつて10時間かかっていたことが今は1時間あれば出来る。
それにより生産性が上がれば労働時間が少なくなるのは当然です。
これにより週休2日が実現しました。
自宅勤務も可能になったのも科学の進歩によるものです。

特に省力化が顕著なのは家事労働。炊事洗濯です。
冷蔵庫、洗濯機、掃除機などの電化製品により飛躍的に省力化されました。
これ等がなければ炊事洗濯は1日仕事です。
冷蔵庫があるお陰でご飯を冷凍出来たりもします。

今後人工知能が発達すれば殆どのことは人工知能がやってくれるようになります。
ビッグデータを活用すれば人間がやることは少なくなるでしょう。
費用はどうなのかという話はありますが。

いずれにしても科学振興の結果、省力化の時代になっているということは頭に入れておくべきです。
過去は長時間働くのが普通だったから今そうあるべきかと言えば必ずしもそうではありません。
嘗て『1日24時間365日働け』と言った経営者がいました。
実際彼はそうやって成功したのでしょう。
しかしそれを現在に押し付けることは許されません。
時代はどんどん変わって行きます。

話は変わりますが先日ゴルフでアマチュアの畑中奈紗さんが優勝しました。
アマチュアの17歳は世界3位などのトッププレイヤーの中で優勝したのです。
これはどういうことでしょうか。
ゴルフの世界では一発勝負ならアマチュアとプロの差はないということでしょうか。
ツアーで長く戦えば差は出るでしょうが一発勝負なら優勝出来るということでしょうか。
或いはアマチュアでもプロの力があるということでしょうか。
他のスポーツでは有り得ないことです。

またバルセロナオリンピック200メートル平泳ぎ金メダリストの岩崎恭子さん。
オリンピックに出場した当時彼女は14歳でした。
優勝して言ったのが『今まで生きてきた来た中で一番幸せ』という言葉です。
彼女は中学生で出したその記録を生涯塗り替えるは出来ませんでした。
14歳で人生の頂点が来たという珍しい方です。

この様に人間の一生には考えようもないドラマがおこることがあります。
しかし皆様方にも言えることですが何かを目指して行かねばそういう結果は出ません。
我々の会社においても何があるかは分かりません。
確実に力をつけることはやっていかねばならないのです。
その為にも自身の10年後を想定しそこから逆算して今目指すべき目標を立てるということを実践して頂きたいと思います。
簡単なことではありませんがこうすることで力は必ずついて来ます。

創業者
西川三郎

ジャパニアス株式会社の創業者、西川三郎が送る”創業者語録”
1948年愛媛県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業し、大手生命保険会社に入社。
その後、中堅エンジニアリング会社を経て、1999年にジャパニアス株式会社を創業。