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創業者の言葉

発想力

2016年06月06日

本日は発想力ついて話したいと思います。
発想力とは様々なことを思いつく能力であり特に新しい考え方に力点がおかれます。

アップルのジョブズ氏を例に挙げましょう。
彼がアイフォンを開発する際に社員に言った言葉があります。

『未来を考えろ。電話で音楽を聴けるようになったらどうする。我社のアイポッドは
必要なくなる。だから我々は電話で音楽を聴けるようなものを創るのだ』

つまりアイポッドを否定したのです。
ジョブズ氏は音楽が好きな変わった人で大学は文系でした。
彼が影響を受けたのがソニーのウォークマンでありウォークマンを抜きたいと言うのが
生涯の目標でした。

未来を考えろ-ここに私が感じる想像力と発想力の違いが見られます。

想像力とは物事を想像する力です。
今の例で言えば『電話で音楽が聴こえるようになったらどうか』ということです。
これは想像力です。

一方、発想力とは思いついたことを解決する力です。解決しなければならないのです。
例えば手塚治虫氏は鉄腕アトムを考えました。
しか実際アトムが現実のものとなったかといえばそうではありません。
そこが漫画の面白さではあるのですが。
『我々は電話で音楽を聴けるようなものを創るのだ』というのが発想力です。

ジョブズ氏は文系の人間で技術者ではなかったから無茶苦茶な発想力が湧きました。
技術者は今まで作ったものの延長線上に改善することは出来ても全く新しいことを
発想するのは困難なのであまりやりたがらない人が多いのです。

文系の人間は技術者からしてみれば変なことを考えて『やれ』と言います。
技術者は大変に困ります。
しかしアップルは凄い意志力でアイフォンを創りました。

未来を考えるというのはただ想像するだけでなく、発想を合わせて想像した未来を
よりよいものにすることです。
人生は実は想像の連続です。
どちらに進むのか常に選択の連続でありじっとしているということはありません。
誰も一分先のことは分からないし明日のことも分かりません。
命だってどうなるか分かりません。
ですから人間はいつも想像して生きているのです。

私が常に言っている『10年後のことを考えろ』ということ。
これを私はビジョンと言っています。
つまり10年後の日本はどうなる。会社はどうなる。家族はどうなる。自分はどうなる。
そういうことを考えるのです。
ビジョンとは将来のある時点でどのような発展を遂げているか・成長しているか
などの構想や未来像を描くことです。

会社であれば経営ビジョン、事業部なら事業ビジョン、組織であれば組織ビジョン、
個人であればキャリアビジョンということになります。

凡人は未来を想像しません。現実という世界だけに逃げ込んでいるのです。
かく言う私もかつて我社を創業した時は貧乏で未来のことなど考えられませんでした。
貧乏な時はいかに明日の飯を食うか、子供を養うかということしか考えられないもの
です。10年後など考えられません。
しかしその状態がずっと続けばその人は困窮して来ます。

今生活に困っている人は明日のことなど考えられませんが多少生活に余裕が出て来ると
明日のことを考える余裕が出て来ます。
その時にきちんと未来を考えられるか否かが分かれ道になります。

平凡な人は未来を想像せず現実の世界だけに逃げ込んで自己満足しています。
しかし才人は常に未来を想像し対応策を考え常に努力しています。

私はビジョンや目標を持てと常に口酸っぱく言っています。
これは仕事の種類に関係ありません。
人が10年後の自分を想像しないのは考えたくないからです。
人間の能力とは生まれや性別、学歴など矮小なことではありません。
『どうしたいか』ということを持たない人の現状維持・現状の延長線上に物事がある
でしょうか。何もありません。
まぁ多少スキルは伸びるでしょう。
しかし例えば10分でやっていた仕事が5分で出来るようになるのは慣れです。
慣れをもってスキルアップとは言いません。

発想力を磨く為には想像力が必要になります。
またビジョンや目標が無いと発想は出てこないものです。
私はそういうことをちゃんとやれと言っているのです。

特に上に立つ人間は先ず自分がこれをやらねばなりません。
自分がやらないのに部下に『やれ』と言って誰が聞くでしょうか。
『上に立つ人が率先する』とは行動することだけではありません。
考えることもです。
考えるということは非常に辛いことですが重要なことです。

先ずは自身の未来を想像して下さい。
自分がどうしたいのかということを考えそれを実現する為にはどうしたら良いのか
考えることから始めてみて頂ければと思います。

創業者
西川三郎

ジャパニアス株式会社の創業者、西川三郎が送る”創業者語録”
1948年愛媛県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業し、大手生命保険会社に入社。
その後、中堅エンジニアリング会社を経て、1999年にジャパニアス株式会社を創業。