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創業者の言葉

自業自得

2015年11月02日

本日は自業自得について話したいと思います。
これは仏教の言葉であり自分の行為の報いを自分自身が受けることです。
必ずしも良い意味で使われてはいません。

人間の運命は何によって決まるのでしょうか。
一言で言うと自業自得と言えるかも知れません。

自業自得の『業』は仏教で私達自身の行いのことをいいます。
自分の行いにより自分が得るものが決まる。
つまり自分の運命は自分の行いが生み出したものであるというのが仏教の考え方なのです。

元々仏教には『生老病死』-人には生まれること、老いること、病気をすること、死ぬこ
というこの世で免れることが出来ない四つの苦しみがあるという極めて悲観的な考え方が
あります。
それが救済されるのが浄土です。
つまり生きているうちに悟りを開いてあの世で救われるのです。
現世は非常に辛いものである。従って救済されるのはあの世であるというのが釈迦の
教えです。

日本は仏教を受け入れました。
日本の仏教は奈良時代から続いており日本には仏像や寺院が数多くあります。

余談ですが仏教は中国朝鮮を経て日本に伝わりましたが中国は儒教の国です。
儒教は孔子の教えでありかなり合理的な教えです。
実利的、政治経済的教えで仏教の要素は全くありません。
親を大切にしろとか親孝行をしろとか、そうした前向きなことが書いてあります。

儒教は日本には江戸時代に入って来ており多くの武士は儒教を学びました。
キリスト教も信長の時代から日本に伝わっています。
また日本には神道があります。
つまり日本は多神教の国です。
一つの宗教により支えられている国ではありません。

自業自得に話を戻します。
仏教では私達の行いを身体と口と心の各方面から教えています。
身体の上に現れる動作・所作、例えば走ったり殴ったり蹴ったりすることを身業。
言語、つまり悪口を言ったり説明したりすることを口業。
意識・心の働きで起こすこと、つまり心で思うことを意業。
合せて三業と言います。
この三つにより人間は報いを受けるのです。

総じて言えば人間に災いをもたらすものは口と身体でしょう。
しかし仏教では一番重いとされるのは心です。
実際に手で殺すより心の中で殺す方が罪が重いのです
心で思っていることを口に出さない、行動にも出さない、これは仏教では罪が重いのです。
悪口を言ったり不平不満を言ったり或いは手を出すより心の中で恨みを持ち続ける方が
重いのは仏教は心を重要視しているからです。
口や暴力の過ちは改めることが出来ますがしかし心は表に出ません
心-精神で思っていることは容易に変えることは出来ないのです。

一般的には私もそうですが大抵は口で災いして失敗しているものです。
私で言えば自身の発言で上司の恨みを買ってしまったことがあります。
口は災いの元と言いますがこうなってしまうと挽回することは次に余程良い上司に恵まれ
なければ難しいでしょう。

悪口を言えば必ず悪口を言われます。
他人の批判をすれば必ず自分も批判されます。
マイナスなことは言わない方が得なのです。
また暴力をふるえば必ず自分の身に災いが降りかかります。

私は常に目標を持てと言っています。
5年後10年後の目標はあるかと問うています。
そして人間は努力だとも言っています。
『社長はいつも目標と努力しか言わない』と思っている人もいるでしょうが、
実際それしかないのです。
目標が無い人は努力しません。
目標があるから努力するのです。
そして努力をした人と努力しなかった人とでは結果は全く異なるでしょう
これから5年後10年後の自身の姿は正しく自業自得と言えます。

人は何を支えに生きているのでしょうか。
『必ず将来こうなるぞ』とか『こういうことをしたい』とか良いことを考えている人は
良くなりますし、他人を批判したり悪口を言ったり他人の所為にしたり或いは会社を悪く
言うなど後ろ向きな人は上手く行かないものです。

目標を持ちそれに向かって努力をすることが何故大切なのか、自業自得という言葉から
理解して頂けることと思います。

創業者
西川三郎

ジャパニアス株式会社の創業者、西川三郎が送る”創業者語録”
1948年愛媛県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業し、大手生命保険会社に入社。
その後、中堅エンジニアリング会社を経て、1999年にジャパニアス株式会社を創業。