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創業者の言葉

覚悟

2013年09月09日

本日は覚悟について話したいと思います。
『覚悟する』『覚悟を決める』などといった使い方をしますが、覚悟の意味は1つには 『危険なこと、不利な
こと、困難なことを予想しそれを受けとめる心構えのこと』です。
仏教では『迷いを脱し真理を悟ること』。
そして3つ目の意味は『きたるべきつらい事態を避けられないものとして諦めること。 観念すること』です。

従って、覚悟とは悪い意味かというとそうでもなく、腹が据わるとか肝が据わるなど、 悪い事態になることを
躊躇せず物事を進めることの意味が有ります。

しかし覚悟を決めることは日常生活ではあまりありません。

覚悟の例として 吉田松陰の話をしたいと思います。
吉田松陰は1830年生まれ。斬首刑に処され30歳の若さで亡くなりました。
塾を作り高杉晋作や伊藤博文など明治時代に活躍した多くの人物を教育した思想家で あり教育者です。

吉田松陰の一日一言という本があり、その中に『不安と生きるか理想と死ぬか』という 言葉があります。

吉田松陰は死罪覚悟でペリー艦隊に乗り込み密入国をしようとしました。
それを断られ自首した後、長州の萩に幽閉されます。
そこで小さな塾(松下村塾)を開き多くの弟子をとりました。

彼は塾生とディベートをしたり山に登ったり釣りをしたりと行動的な人でした。
当時は清国がアヘン戦争に敗北しており、日本も欧米に負けないよう文明を高めて行か ねばならないと考えて
いました。

彼の言葉に『何事もならぬといふはなきものをならぬといふはなさぬなりけり』という ものがあります。
『何事も出来ないということはない。出来ないのはやらないからだ』という意味です。

吉田松陰は安政の大獄で捕まりました。
江戸に来て老中を暗殺しようとし、島流しにされそうになります。
『自分は老中を殺そうとしたのだから死刑が妥当だ』と言ったところ『刑罰を決めるの は幕府の仕事』と
井伊直弼の逆鱗に触れ打ち首にされました。

斬首刑に処される直前、彼は辞世の句を読んでいます。
弟子宛てのものは『身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂』。
もう一つは家族宛て。 『親を思う心に勝る親心 けふのおとづれ何ときくらん』
これは弟子宛てのものと違いまことに親のことを切々とを想ったのでしょう。

吉田松陰は安政6年斬首刑に処されましたが、後に松陰の教えを受けた弟子達が明治を 担いました。
彼は日本の将来を考えに考えた人といえます。
死を覚悟して彼は黒船にて密入国し米国の文化を学ぼうとしました。

私自身は死以外は恐れていません。
損しても取り返せば良い。
やられたらやり返す。
やられるのは挑戦するからやられるのです。 これはいじめとは違います。
人には意地が有ります。 やられると『なにくそ』と思うものです。
人からやられたことが無いというのは挑戦していないからです。

この機会に吉田松陰の書物を読んでみるのも良いでしょう。
人生の中で時に覚悟が必要になることがあります。
150年前の若者の覚悟を知り我が身を振り返ってみて頂ければと思います。

創業者
西川三郎

ジャパニアス株式会社の創業者、西川三郎が送る”創業者語録”
1948年愛媛県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業し、大手生命保険会社に入社。
その後、中堅エンジニアリング会社を経て、1999年にジャパニアス株式会社を創業。